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東京地方裁判所 平成2年(ワ)14989号 判決 1992年5月29日

主文

一  原告有限会社丸八商事と被告との間で、同原告が別紙供託金目録記載(一)の供託金について還付請求権を有することを確認する。

二  原告有限会社い志井菓子店と被告との間で、同原告が別紙供託金目録記載(二)の供託金について還付請求権を有することを確認する。

三  原告趙泰奎と被告との間で、同原告が別紙供託金目録記載(三)の供託金について還付請求権を有することを確認する。

四  原告韓弘一と被告との間で、同原告が別紙供託金目録記載(四)の供託金について還付請求権を有することを確認する。

五  原告有限会社二光と被告との間で、同原告が別紙供託金目録記載(五)の供託金について還付請求権を有することを確認する。

六  原告らのその余の請求を却下する。

七  訴訟費用は被告の負担とする。

理由

第一  請求

1  主文同旨

2(一)  原告有限会社丸八商事と被告との間で、同原告が別紙物件目録記載(一)1の建物につき別紙賃借権目録記載(一)1の賃借権を、別紙物件目録記載(一)2の建物につき別紙賃借権目録記載(一)2の賃借権を平成二年一〇月一六日までそれぞれ有していたことを確認する。

(二)  原告有限会社い志井菓子店と被告との間で、同原告が別紙物件目録記載(二)の建物につき別紙賃借権目録記載(二)の賃借権を平成二年一〇月一六日まで有していたことを確認する。

(三)  原告趙泰奎と被告との間で、同原告が別紙物件目録記載(三)の建物につき別紙賃借権目録記載(三)の賃借権を平成二年一〇月一六日まで有していたことを確認する。

(四)  原告韓弘一と被告との間で、同原告が別紙物件目録記載(四)の建物につき別紙賃借権目録記載(四)の賃借権を平成二年一〇月一六日まで有していたことを確認する。

(五)  原告有限会社二光と被告との間で、同原告が別紙物件目録記載(五)の建物につき別紙賃借権目録記載(五)の賃借権を平成二年一〇月一六日まで有していたことを確認する。

第二  事案の概要

一  当事者間に争いのない事実

1  (被告の地位)

被告は、昭和四二年、加藤喜雄から、田無市《番地略》宅地三八三・三三平方メートルの土地を、加藤喜重から同番六 宅地一一九平方メートルの土地(以下、両土地を合わせて本件土地という。)を、それぞれ賃借し、本件土地上に、

同所《番地略》所在

家屋番号《略》

鉄骨造陸屋根木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建店舗兼居宅

床面積 一階 四〇〇・六三平方メートル

二階 三〇七・二八平方メートル

の建物(以下、本件建物という。)を建築し、所有した。

2  (被告と原告らとの賃貸借契約)

(一) 清原秀雄こと韓貞洙は、被告との間で、昭和四二年六月一〇日、本件建物のうちの別紙物件目録記載(一)1の店舗を、賃料月額三三万二三五〇円、敷金一九九万四一〇〇円、保証金一三二九万四〇〇〇円で賃借する契約を締結し、昭和四二年七月三一日、本件建物のうちの同目録記載(一)2の店舗を、賃料月額一〇万四〇〇〇円、敷金六二万六九四〇円、保証金三八三万一三〇〇円で賃借する契約を締結した。韓貞洙は、昭和四四年四月一六日、原告有限会社丸八商事を設立し、その設立後、同原告が右各賃貸借契約による右(一)1、2の賃借店舗の賃借人の地位を承継した。

平成二年一〇月一六日までの月額賃料は、右(一)1の賃借店舗について管理費一万〇七〇〇円を含めて六六万五三〇〇円、右(一)2の賃借店舗について管理費一万一六〇〇円を含めて二二万九六〇〇円であつた。

(二) 石井栄吉は、被告との間で、昭和四二年八月七日、本件建物のうちの別紙物件目録記載(二)の店舗を、賃料月額五万二七一〇円、敷金三一万六二六〇円、保証金二六三万五五〇〇円で賃借する契約を締結した。石井栄吉は、昭和四七年一二月一日、有限会社い志井菓子店を設立し、その設立後、同原告が右(二)の賃借店舗の賃借人の地位を承認した。

平成二年一〇月一六日までの月額賃料は、管理費一万〇七〇〇円を含めて一二万七六〇〇円であつた。

(三) 原告青木茂雄こと趙泰奎は、被告との間で、昭和四二年一一月一五日、本件建物のうちの別紙物件目録記載(三)の店舗を、賃料月額五万円、敷金三〇万円、保証金二五〇万円で賃借する契約を締結した。

平成二年一〇月一六日までの月額賃料は、管理費一万一六〇〇円を含めて一一万四六〇〇円であつた。

(四) 原告清原弘一こと韓弘一は、被告との間で、昭和四二年一二月一五日、本件建物のうちの別紙物件目録記載(四)の店舗を、賃料月額二万六〇〇〇円、敷金一五万六〇〇〇円、保証金一三〇万円で賃借する契約を締結した。平成二年一〇月一六日までの月額賃料は、管理費一万一六〇〇円を含めて六万五一〇〇円であつた。

(五) 原告有限会社二光は、被告との間で、昭和四三年七月二二日、本件建物のうちの別紙物件目録記載の(五)の店舗を、賃料月額六万円、敷金三六万円、保証金三〇〇万円で賃借する契約を締結した。

平成二年一〇月一六日までの月額賃料は、管理費一万〇五〇〇円を含めて一四万七九〇〇円であつた。

3  (田無市の供託)

本件土地は、JR田無駅北口前に位置しているが、田無市は、都市再開発法に基づき、自ら施行者となつて、本件土地付近の都市再開発事業を行つた。

本件建物は、右再開発事業の権利変換計画で、平成二年一〇月一六日の権利変換期日において、これについての所有権、賃借権等の権利を失うものとされ、田無市はその権利者に補償金を支払うことになつた。

しかして、田無市は、右権利変換期日において、原告らが各賃借店舗につき借家権を有しているかにつき、被告と原告らとの間に争いがあるとの理由で、同法七三条四項の規定により算定した原告らの借家権価格に相当する別紙供託金目録記載の各供託金額を同法九二条三項の規定により供託した(以下、本件供託金という。)。

4  (原告らの主張)

原告らは、右2記載の各賃貸借契約に基づき、原告らは平成二年一〇月一六日の権利変換期日において、それぞれその賃借店舗について賃借権を有していた、したがつて原告らはその借家権価格に相当する本件供託金について還付請求権を有すると主張する。

5  (被告の主張)

被告は、原告らとの各賃貸借契約は、平成二年一〇月一六日の権利変換期日の前日をもつて終了することを特約した一時使用目的のものであつた、したがつて、原告らは権利変換期日において、その賃借店舗についての借家権を有していなかつたのだから、本件供託金についての還付請求権を有しないと主張する。

二  争点

本件の争点は、本件各賃貸借契約が、被告の主張するように、平成二年一〇月一六日の右再開発事業の権利変換期日の前日をもつて終了することを特約した一時使用目的のものであつたかどうかである。

三  争点についての当事者の主張

1  被告の主張

本件各賃貸借契約は、以下のとおり、いずれも一時使用目的のものであつた。

(一) 田無市においては、昭和三二年ころから都市計画が立案中である旨の噂が巷間囁かれていた。

田無市市議会は、昭和四二年二月二四日、田無市都市計画を決議した。

昭和四四年六月、都市再開発法が施行された。

田無市は、従前の都市計画法に基づく開発を、都市再開発法に基づくものに移行させることにした。

右計画は、東京都において、昭和四九年一二月二八日、田無市都市再開発計画、田無駅北口地区第一種市街地再開発事業として許可され、決定をみた。

本件建物は、田無市における右都市計画、都市再開発計画の区域内に存在し、その計画においては収去される運命にあつた。

(二) 被告は、昭和四二年、加藤喜雄・加藤喜重から本件土地を賃借する際、「本件土地は、田無駅前都市計画実施の際に東京都もしくは田無市に収容されるものであることを確認し、出来るかぎり簡易仮設的な建築をなすものとし、右都市計画実施の際には容易に収去しうる構造となす」旨約し、賃貸借期間を「都市計画実施に至るまでの期間とする」旨合意した。

(三) そして、被告は、原告らとの本件各賃貸借契約締結の際、その契約書第一条で、「本件建物は田無駅前都市計画実施の際には収去すべきものであることを相互に確認し、被告は右都市計画実施に至るまでの間各賃借店舗を賃貸するものとし、原告らは右条件の下にこれを賃借する」旨特約した

これにより原告らは被告に対し、田無市の都市再開発計画実施の際には、各賃借店舗を明け渡す旨約したものである。

すなわち、被告と原告らとの本件各賃貸借契約は、その期限を都市再開発計画実施のときまでとする旨の不確定期限を付した一時使用目的のものであつた。

したがつて、本件各契約は、都市再開発法の規定による権利変換期日である平成二年一〇月一六日の前日をもつて終了した。

(四) 原告らは、右権利変換期日において、各賃借店舗の賃借権者ではなかつたのであるから、本件供託金の還付請求権者ではない。

2  原告らの認否及び主張

(一) 被告の主張は否認する。

(二) 本件で問題になつている田無駅北口地区の再開発についていえば、都市再開発法が制定されたのは昭和四四年六月であり、その必要性について、田無市が地元説明会を開催したのは、昭和四五年一月のことであつて、本件各賃貸借契約締結の時点では、未だ、再開発事業は何ら具体化されていなかつた。

また、本件建物は賃貸を目的として新築されたものであるところ、本件各賃貸借契約の賃料は通常の賃貸借に相当する額であり、その契約の際、通常の賃貸借に比しても高額といえる月額賃料の五〇倍に相当する保証金及び敷金が授受されているのであつて、本件各賃貸借契約は一時使用を目的とするものはない。

第三  争点についての当事者の主張に対する判断

一  《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

1  本件土地は、JR田無駅北口前に存在する。

被告は、昭和四二年、加藤喜雄・加藤喜重から本件土地を賃借する際、「本件土地は、田無駅前都市計画実施の際に東京都もしくは田無市に収容されるものであることを確認し、出来るかぎり簡易仮設的な建築をなすものとし、右都市計画実施の際には容易に収去しうる構造となす」旨約し、賃貸借期間を「都市計画実施に至るまでの期間とする」旨合意した。

なお、加藤喜雄は被告代表者の夫であり、加藤喜重の兄である。

2  被告は、昭和四二年、本件土地上に本件建物(鉄骨造陸屋根木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建)を建築した。

その際、被告は、同年一〇月一三日、田無市に対し、「本件土地は、田無市都市計画田無駅北口駅前広場の区域内に存在するので、田無市が当該事業施行の際は、率先して事業遂行に協力する」旨の念書を提出した。

3  昭和四二年から昭和四三年にかけて、原告らと被告とのあいだで本件各賃貸借契約が締結された。

本件各賃貸借契約においては、その賃貸借期間につき、いずれも、原告らと被告間の賃貸借契約書第一条で、「本件建物は田無駅前都市計画実施の際には収去すべきものであることを相互に確認し、被告は右都市計画実施に至るまでの間各賃借店舗を賃貸するものとし、原告らは右条件の下にこれを賃借する」旨約された。

4  しかし、本件各契約において、賃料額は当時の相場に比して格別安いものではなく、その後、賃料は四、五年の間隔で不定期に増額され、昭和六二年以降は毎年増額されてきた。

また、本件各契約において、賃料の六か月相当分が敷金として交付された。

さらに、本件各契約において、原告らから被告に対し、百万から千万単位の保証金が、本件建物の建設協力金の趣旨で交付され、その保証金は、いずれも物件の使用期間が二年未満の場合は一割相当額を、右期間が二年以上五年未満の場合は二割相当額を、五年以上の場合は各二年未満毎に右二割相当額に更に五分相当額を増加した額を償却することが約定された。

これら、賃料、敷金、保証金の定めにおいて、本件各契約は、通常の建物賃貸借契約と異なるところはなかつた。

5  原告有限会社二光(代表者信沢秀雄)は、二光商会株式会社(代表者信沢秀雄)の賃借(昭和四二年)店舗を、昭和四三年同条件で賃借したものであるが、株式会社二光は、契約締転結の際、本件土地付近における道路拡張の可能性を告げられただけであつたため、少なくとも二〇年間程度の賃借期間を予定して、内装、クーラー設備等の工事に約一八〇万円を投資した。

6  その後、昭和四四年六月、都市再開発法が施行された。

昭和四五年一月、田無市は、初めて田無駅北口地区の再開発の必要性について地元説明会を開催した。ここから田無市の本件都市再開発事業が開始された。本件土地、建物は、右再開発事業の対象区域内に存在した。

昭和四九年三月、再開発計画原案がまとめられ説明会が開催された。昭和四九年一二月二五日、「田無都市計画田無駅北口地区第一種市街地再開発事業」が決定された。同事業はその後平成元年三月一三日東京都知事より事業計画の認可がされ、同年四月二〇日同計画の公告がされた。さらに、平成二年九月二六日同事業について権利変換計画決定が公告され、同年一〇月一六日が権利変換期日とされた。

本件建物は、右権利変換計画で、平成二年一〇月一六日の権利変換期日において、これについての所有権、賃借権等の権利を失うものとされ、田無市はその権利者に保証金を支払うことになつた。

7  被告と原告らは、右事業計画の公告後である平成元年五月、田無市長に対し、本件各賃借店舗について原告らがそれぞれ借家権を有する旨の証明書を連名で作成して、提出した。しかし、その後、被告と原告らは、田無市長に対し、「借家権の権利価格割合に関する合意申出書」を提出するについて、被告が原告らの有する借家権の割合を零と主張したため、その合意が成立するに至らなかつた。

8  そこで田無市は、右権利変換期日において、原告らがその賃借店舗につき借家権を有しているかにつき、被告と原告らとの間に争いがあるとの理由で、同法七三条四項の規定により算定した原告らの借家権価格に相当する別紙供託金目録記載の各供託金額を同法九二条三項の規定により供託した。

右のとおり認められる。

二  被告は、本件各賃貸借契約の当時、本件建物は田無市による都市計画、都市再開発計画の実施により収去されることが予定されている区域内に存在し(客観的事情)、かつ被告と原告らとの各賃貸借契約において、賃貸借の期限を都市計画、都市再開発計画の実施のときまでとする特約が成立していたから(主観的事情)、本件各賃貸借契約は、その期限を都市再開発計画実施のときまでとの不確定期限を付した一時使用目的のものであつたと主張する。

1  右一1ないし3認定の事実によれば、昭和四二年当時、田無市において、本件土地を含む田無駅北口広場において、都市計画法に基づく都市計画(その計画の内容は明らかではない。)が予定されていたことが推認することが出来る。

しかして、右一6認定の事実によれば、田無市において、本件土地、建物を含む田無駅北口地区の、都市再開発法に基づく都市再開発事業が具体化したのは、昭和四五年に近接してからのことであると推認することが出来る。

被告は、昭和四二、三年の本件各賃貸借契約の当時、本件建物が田無市による都市再開発計画の実施により収去されることが客観的に予定されていたと主張するのであるが、都市再開発法施行一、二年前に、既に本件建物についての同法による事業内容が、田無市において、客観的に予期・予定されていたと認めるべき証拠はない(都市計画法に基づく事業と、都市再開発法に基づく事業が、その内容を異にすることは明らかである。)。

そうすると、本件各賃貸借契約の当時、被告が右に主張する「客観的事情」が存在したとはいいえない。

2  また、右一3認定の事実によれば、原告らがいずれも被告から、「田無駅前都市計画実施に至るまで」との約で、各賃借店舗を賃借したことが認められる。

しかして、右に述べたとおり、都市再開発法が施行されたのは昭和四四年六月であるから、原告らが本件各賃貸借契約に当たつて、賃貸借の期限を田無市による都市再開発計画の実施のときまでと意識して右合意をなしたものでないことは明らかであるし、また、文理上、右「田無駅前都市計画実施に至るまで」との文言が、被告の主張するように、「都市再開発法の規定による権利変換期日まで」の意味であると読み込むことも出来ない。

そうすると、本件各賃貸借契約の当時、被告が右に主張する「主観的事情」が存在したともいいえない。

3  また、右一4、5認定の事実によれば、本件各賃貸借契約は、その内容において通常の、長期にわたる店舗賃貸借契約の内容と格別異なることがなかつたと判断される。

4  以上を総合すれば、原告らと被告間の賃貸借契約書第一条の約定は、賃貸借契約の継続期間についての一般的な注意的確認条項にすぎなかつたものと解するのが相当である。

そうすると、原告らと被告との本件各賃貸借契約は、いずれも期限の定めのないものであつたというべきで、被告の主張するように都市再開発計画実施のときまでとの不確定期限を付した一時使用目的のものであつたということはできない。

三  被告は、本件各賃貸借契約は、「田無市が都市再開発事業を実施するまで」の解除条件付きであつたとも主張するが、これが理由のないことは以上の説示で明らかである。

また、被告は、本件各賃貸借契約は、都市再開発法による本件建物の公用徴収により当然終了するとも主張するが、本件は、そもそもその終了すべき時点で、原告らが本件各賃借店舗の賃借人であつたかの争いであるから、局面を異にした議論であつて、理由がない。

他に、被告の主張する本件各賃貸借契約の終了原因はない。

四  以上によれば、原告らは、前記当事者間に争いのない事実2記載の各賃貸借契約に基づき、平成二年一〇月一六日の権利変換期日において、それぞれの賃借店舗について賃借権を有していたのであるから、その借家権価格に相当する本件供託金について還付請求権を有するものといわなければならない。

そうすると、原告らの本訴請求のうち、その還付請求権を有することの確認を求める部分はいずれも理由があるから、これを認容することとする。

五  なお、原告らの本訴請求のうち、原告らが平成二年一〇月一六日の権利変換期日において、それぞれその賃借店舗について賃借権を有していたことの確認を求める部分は、いずれも過去の法律関係の確認を求めるもので、確認の利益を欠くから、これを却下することとする。

六  よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂本慶一 裁判官 西崎健児)

裁判官三木勇次は転補のため署名・押印することが出来ない。

(裁判長裁判官 坂本慶一)

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